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大阪高等裁判所 昭和40年(く)132号 決定

即時抗告申立人 検察官 武並正也

被告人 井阪朝雪

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の要旨は、(一)被告人の住居は大阪府和泉市池田下町一、五九八番地の二であり、被告人に対する岸和田簡易裁判所昭和四〇年(ろ)第一三二号公職選挙法違反被告事件の犯罪地は同市三林町であるから、原裁判所が右被告事件を土地管轄のない大阪簡易裁判所に移送したのは違法である。かかる違法な移送決定に対する即時抗告には「著しく利益を害される」ことの疎明を要しないと解するのが相当である。(二)のみならず弁護人は大阪簡裁に係属中の斎藤新治郎らと本件被告人とが共謀共犯の関係にあり、証拠調の便宜を理由として本件移送の申立をしているのであるが、本件被告人と共謀関係にあるのは大阪地裁に係属中の前田卯之松らであつて、右斎藤新治郎らとは単に並列の関係があるに過ぎず共謀共犯の関係にはないのである。そして右大阪簡裁の事件と並列する同種事件は大阪地裁管内の各簡裁に多数係属しているのであるから、もし本件移送決定が当裁判所で認容されるならば右同種事件全部が大阪簡裁に移送されることが予想され、その場合本件被告人を含め実に四四名の供与者たる被告人が共同被告人となり、被供与者二三一名が大阪市を含む大阪府内各地から大阪簡裁に証人として出頭する場合もあり、裁判のマンモス化のため審理が著しく遅延することが考えられ、ひいては検察官の公訴維持も煩瑣を極めることとなり本件被告人や検察官の利益は著しく害されることになるのである。又本件被告人が物品を供与した被供与者三名はいずれも和泉市内に居住するもので、本件移送によりわざわざ大阪簡裁まで証人として出頭せねばならずその時間的損失は大きく、関係人の利益も著しく害されるのである。

以上いずれの点からみても本件移送決定は許されないから、その取消を求めるため本件抗告に及んだ、というのである。

よつて記録を調査すると、被告人は昭和四〇年八月二八日公職選挙法違反被告事件により岸和田区検察庁から同簡易裁判所へ起訴されたところ、同裁判所は弁護人の請求に基づき同年一一月四日刑事訴訟法一九条一項により右被告事件を大阪簡易裁判所へ移送したこと、被告人の住居ならびに右被告事件の犯罪地はいずれも検察官主張のとおりであることが認められる。そうだとすると、大阪簡裁は右被告事件につき土地管轄を有しないことが明らかであるところ、同法一九条一項にいう「他の管轄裁判所」とは、当該事件について土地管轄を有する裁判所をいうのであるから、原裁判所が土地管轄のない大阪簡裁に事件を移送したのは違法であるといわなければならない。しかしながら、一旦移送がなされた以上移送を受けた裁判所は原則として移送の決定に拘束されるものであり、同法四二〇条一項が管轄に関する決定に対しては特に即時抗告をすることができる旨の規定がある場合を除いては、抗告ができないと定めているところ、同法が即時抗告が認めているのは同法一九条三項に規定する要件を備えている場合に限られているのであるから、たとえ、管轄に関する決定に前記のような違法があつても、それだけでは直ちに即時抗告が許されるものではない。そして若し、同条三項が適法な決定をした場合における即時抗告の要件を定めたものと解すると、違法な決定で、しかも同条三項の要件を、具備しているのに拘らず、これに対して抗告はもとより、即時抗告もできないことになり適法な決定の場合に比し甚だ不合理な結果を生じるから同条三項にいう「移送の決定」とは土地管轄を有しない裁判所へ移送した、いわゆる本件のような違法な移送決定をした場合をも含むと解するのが相当であり、その場合にも同条三項に従い右決定により著しく利益を害されることを疎明しなければならないことは規定上当然のことであり、これと異なる見解は採用することができない。そこで進んで本件決定が同条三項所定の要件を具備しているかどうかを考えるに記録によると、本件被告人の事犯に去る昭和四〇年七月四日施行の参議院議員通常選挙に際し全国区から立候補した梶原茂嘉のため選挙人に対しポツトスタンドを供与したというのであり、右事犯につき本件被告人と共謀関係にあるのは大阪地裁に係属中の公職選挙法違反被告事件(同庁昭和四〇年(わ)三七三〇号)のうち、被告人前田卯之松外二名であつて、大阪簡裁に係属中の被告人斎藤新治郎らに対する公職選挙法違反被告事件の事実は、本件被告人と同様ポツトスタンドを供与したというだけであつて、本件被告人に対する供与事犯と同種の事犯であるとはいえ並列関係にあるだけで関連事件の関係にあるとは認められないところ、同法一九条一項の移送は関連事件であると否とを問わず、被告人の利益や証拠調の便宣上他の管轄裁判所で審理したほうが適当であると認められる場合に移送を可能にしようという制度であつて、ただこれによつて著しく利益が害されることのないようにするため同条三項の規定が設けられているのである。而して本件移送の申立は被告人の代理人たる弁護人の申立によるものであり、かつ右の移送申立権は弁護人の固有権に属せず本人たる被告人の意思に反してはすることができないのであるから、特別の事情のない本件では被告人の意思に合致しているものということができる。そうだとすると、本件移送決定により被告人の利益が著しく害されるという検察官の主張は当らない。(反対に本件移送の申立が却下されたとしても、それにより被告人の利益が著しく害されるとは必ずしもいえない。)又記録によると、本件被告事件と同種の梶原派に関する他の被告事件が大阪地裁管内の各簡裁に多数係属しいること、そのうち西淀川(被告人一名)、堺(被告人三名)、佐野(被告人一名)の各簡裁は移送の申立により大阪簡易に移送の決定をなし、富田林、羽曳野の各簡裁は移送申立を却下し、池田、枚方、生野、布施の各簡裁では移送申立に対する決定を留保中であること(阿倍野、茨木各簡裁では移送の申立がない)が認められるが、その全部が大阪簡裁に集中するとは考えられないから、検察官の主張はその前提を欠くきらいがある。ただ大阪簡裁が係属事件を全部併合した場合には同一公判における審理上被告人の数が増えると共に多数の被供与者を証人として調べることになると、審理に日時を要し当該証人と関係のない被告人までも出頭を余儀なくさせられる場合が起り得るから、訴訟の遅延や記録の膨大化を防ぐためには各別の裁判所で審理することが望ましいけれども、それはあくまでも、併合決定をした場合においていえる事柄であつて、本件事件は他の事件と併合する必要のない事件であるから大阪簡裁は他の事件と併合審理をするものとは断定し難い。そうだとすると所調は併合決定がなされるものとの仮定に立つた見解であるから採用できない。又仮に併合決定がなされたとすれば、裁判所は審理の上にその必要を感じたもので、それだけの利益があると考えられると共に現在における前記状況から考えると他の裁判所が競つて同種事件を大阪簡裁に移送するとは予想できず(大阪簡裁に土地管轄がない場合が多いから)、かつ検察官が公判を維持する上においてある程度の煩雑を伴うことは職務上やむ得ないから、本件移送決定により検察官が著しく利益を害されるともいえない。そして、本件被告事件の被供与者三名の住居は和泉市内であることが記録上明らかであるところ、同人らが証人として岸和田簡裁に出頭するのと大阪簡裁に出頭するのとではさほど大きな時間的損失があるとは考えられず、これがため著しく利益が害されるものではない。

従つて、本件移送決定により著しく利益を害されるとの疎明がないから本件抗告は理由がないことに帰し、刑事訴訟法第四二六条一項により主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 笠松義資 裁判官 田中勝三 裁判官 荒石利雄)

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